日本の写真は変えられたか

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先日、写真家の石川直樹さんが来山された時に、同行していた友人とともに県立美術館へ。そう簡単にはここで作品展を開くことはできないだろう。だからといって、まずは橋渡しをしなければ、なにも始まることはない。いわゆるご挨拶として訪れたのだが、担当の学芸員さんのあたたかいおもてなしで、とても有意義な時間を過ごせることができた。
ちなみに同館所蔵品には東松照明森山大道中平卓馬荒木経惟など、著名な写真家の作品が多数ある。これは1989年に開催した「11人の1965~75 日本の写真は変えられたか」で収集できたからで、先見の明があったと言うべきこと。当時、写真を高く評価する評論家は少なく、今では考えられない値段だった。言わば、千載一遇のチャンスものにしたのだ。そのような名品とあわせて石川さんの作品を観てみたい!私だけに限らず、多くの人が望むこと。いつの日にか実現できることを期待している。
ところで、当時の県美ニュースで「11人の1965~75」について調べたところ、以下の冒頭の文章に刺激された。『1989年は写真が発明されてから、ちょうど150年になる。この150年という時間が長いか短いはさておき、この間に、写真そのものが急速に変化したのは明らかであろう。それは、写真になにができるかという間断なき問いかけの結果であり、写真とはなにかという問いかけの歴史でもあった。写真表現は、カメラやフィルムなど機材などの進展という要素にとりかこまれつつ、それがもつ特質から、社会的事象の変遷に、他の芸術表現よりもより密接にかかわり、多様に展開をとげてきた。それらは、ある時には人間にむかい、ある時にはなにものをもうつし出す鏡であり、ある時はあるゆるものに開かれた窓であった』。嗚呼、なんて熱量の高い言葉。背筋がピンと伸びてくる。そして、芸術を追究するための基本がある。思わぬ形で勉強になってよかった。