悪友

香月泰男先生が書かれたコラムに『世に言う悪友なるものを、私は心友のことと思っている(親友とは言わぬ)。だから悪友らが私を育ててくれたことになる。善人ぶったのより、悪人ぶった人間が好きである。また事実その言動には艶がある。艶、それはわれわれの仕事には欠かせぬ大事なものであるらしい。悪友よ、御身らのいますことを無上の光栄と感謝しているよ、私は——。』(1968年6月7日 日本経済新聞「悪友・悪師」より抜粋)という文章がある。

昨日の夕方、この言葉を思い出す。それは、コサカ君の昔からの遊び仲間がやって来た時のこと。ギャラリーに入ってくるなり、あっという間に明るい空気が充満する。見た目はやんちゃそうだけど、人懐っこくてフレンドリーな面々。いきなり建前のない本音トークが炸裂させて、会ってなかった時間をリセットしていく。そして、学校休憩時間の男子トークのようなノリで、それぞれの近況を語り合いながら、刺激し合って友情を深めていった。

傍目から見ていて羨ましくなるくらい活気があって、伸び伸びと素になれる瞬間を心行くまで楽しんでいた。それもそのはず、彼らはいろいろなことがあっても、お互いの個性をやさしく心で認め合い、良い面を尊重することを第一にしている。円滑な人間関係を築くための基本がそこにあった。仲間の誰かが、元気よく話していたら、それだけでいい。友は友が喜んで笑う声を聞くのが一番嬉しい。だからこそ、力を合わせて繋がり合って、ずっと仲が良いままなのだろう。友情の基本をあらためて学べてよかった。みなさんありがとうございました!