大西靖子展--月の影-- 木版画とパステル

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大西さんのエッセイ「波の花」は旅先での想いをつづっています。

 波の花

        大西靖

あれは冬だっただろうか。記憶の中で私はコートを着ている。
レンガ色した大地に、オリーブの樹が点在し、空には白い昼の月があった。
前の晩聴いたフラメンコギターのせつない音色がまだ耳の奥に残っていた。
南へ南へ、車はスペインの荒野を走っていく。
荒地と荒地の間に、幾度か町が現れ、
やがてゆるやかな丘陵を下る羊飼いと羊達の群れが、
中世の絵のように姿を現し、
そして、またしばらく車は赤い大地を走った。

旅に出ると、たいてい一度は海に会いたくなる。
華やかな街や人間達の意識やことばからしばらくの間ぬけ出して、形もなにもない、
どこまでも広がる海へ、まっしぐらに駆けていきたくなる。

辿り着いたのは地中海に臨む小さな漁村。日没までには少し時間があった。
港には錆びついた1艘の大きな船と、10ばかりのボート。
石造りの家々の窓はほとんど閉められていた。

老婆が1人、くるぼしまである黒い服に包まれ、白壁にもたれて海を見ていた。
陽の光が煤けた壁を純白に輝かせている。
海鳥が鳴いた。
犬が1匹、防波堤の方へ歩いていく。

人気なのない浜に立つと、異国の海は、ただ海が見られるというだけでの理由で
急に思いたってこのひなびた村へやってきた私の心を、ゆったりと迎え入れてくれた。
陽は半ば雲に隠れ、雲の緑が金色に燃えていた。

私は両手を上げ、思いきりのびをしてから浜に寝ころんだ。
砂のぬくもりが背中に広がっていく。
目を閉じ、しばらく海を感じられた。

風が冷たくなり、海原は藍墨色に暮れていく。
遙か遠くの沖より、ゆるやかにうねりがやってきて、波打ち際で泡の花が咲いた。
夕光の中で、くり返し、くり返し、波は濡れた砂上に束の間の白い大輪の花びらを開く。
その美しさにうっとり見とれていた私は、辺りが急に暗くなったのに気づいた。

心はすでに、充分に、海からの力を授かっていた。


なお、現在下記の会場で大西さんの個展が開催されています。
お近くをお通りがございましたら是非ご高覧ください。

西靖子展--月の影-- 木版画パステ
会期 11月21日(月)~11月30日(水) 27日(日)休み
時間 11:30 ~19:00 (金曜20:00 最終日17:00まで)

会場 101-0038 東京都千代田区美倉町12 木屋ビル1F
   木ノ葉画廊 tel/fax 03-3256-2047
http://www.d4.dion.ne.jp/~konoha-g/
(木ノ葉画廊H.P. 更新はされてないようですが地図を参考にしてください)

(作品のタイトルは「波の音ー7」です。作品には著作権があり、無断転載はご遠慮ください)