2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧

世代交代

昭和の終わりの頃に当然だとされていた美術の観方や考え方は、かなり長い間そのまま通じることが多かった。今も技術系重視の分野にはまだまだ名残があるけれど、デジタルカメラやコンピュータが一般的になってからは、表現できることが広がっていく。特に知…

白球の青春

「青春という時代は不確実で不透明で、実に理不尽なものである。この理不尽さは高校野球と共通している。だが、それも誰にも与えられた有限の試練だと思えるから耐えられ、あとになって、ほのぼのさに変わったりできたのである。青春は素晴らしい。だからと…

有名無力、無名有力

「有名無力、無名有力」という言葉がある。いわゆる人は成功しようと最善の努力をして、理想的な才能を得て発揮できるようになれば、とたんに引き合いが増えて忙しくなり、いつしか学ぶ時間を失ってしまい、次第に能力に陰りが生まれて、ついには落ちぶれて…

コモディティ

コモディティという言葉がある。本来は石鹸や歯ブラシなどの日用品のことを意味するが、経済学の世界ではちょっと違い、コモディティ化と呼ばれて、機械などの構造や性能を材質、大きさ、数量などの数値や言葉で明確に表現できるものが、一定のレベルを満た…

二河白道

仏教用語にある「二河白道」(にかびゃくどう)。極楽浄土へ往生を願う者が迷いの世界から脱出するための道筋に、怒りの象徴である南の火の川と、貪欲の象徴である北の水の川の間に、4寸、5寸幅の白い道がある。この二つの煩悩の河を上を越えてお浄土へ行く…

ランキング

美術家という職業にランキング付けは似合わない。なぜなら、表層的には同じように思える作品も、人それぞれ違う個性が反映されている。個人的な価値意識が強く表現されるため、序列をつくることはふさわしくない。スポーツのように勝敗や記録などのわかりや…

旺盛

「私には特別な才能はない。ただ、情熱的に好奇心が旺盛なだけだ」という名言がある。 7年前、絵を描くことが大好きな学生と出会う。やさしさとあたたかさのオーラを醸し出していた。どこか遠慮気味な雰囲気がするハニカミ屋さんでもある。だけど、胸の奥に…

美術談義

7年前、彼女と初めて出会ったのは学生たちのグループ展。私はいつも作品を前にして、学生さんと美術談義をしている。それぞれが感じていることを語り合い、さまざまな考え方が混ざり合うことで、美術の世界観は深まっていく。今やっていることを異なる視点か…

じっくりと

「人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから」という格言がある。 子どもの頃から絵を描くことが好きだった。自慢で…

赤信号

40数年前、ビートたけしさんは毒舌漫才で一躍人気者に上り詰める。当時、日本はまだまだ生真面目な人が多く、四角四面の価値観が幅を利かせて、さまざまなことに柔軟性が欠けていた。どこか窓のない壁に囲まれた部屋の中にいるような閉塞感が漂っていた。そ…

センスがいい

先週、NHK「チコちゃんに叱られる!」の疑問「運動神経がいいってなに?」の答え、「生まれ持った才能よりも繰り返し練習したおかげ」に、目から鱗が落ちてしまった。いわゆる運動神経がいいっていうことは、自分のイメージ通りに体を動かせること。そもそも…

Let it be

ビートルズの名曲「Let it be」。この曲を創ったポール・マッカートニーは様々なことに思い悩んでいたある日のこと、夢枕に天国の母親が現れて、前向きになれる言葉を語り掛ける。「あるがままに」、「なすがままに」肯定的に生きなさいと言い、すさんだ心を…

乙女力

100年とちょっと前、大正時代に流行ったゴンドラの唄は、「命短し 恋せよ 乙女~♫ ♫」という歌詞で知られている。この一節は乙女と呼ばれる瑞々しい時期には限りがあることを指す。決して生きている年月のことではない。ささいなことでも心動かされ、だのに…

ご縁

一昨日、「久保修 紙のジャポニスム Kirié 線のかたち」の内覧会へ参加した際に一冊の本を記念品として頂戴する。そのタイトルは「久保修 切り絵画家の半生」。早速、家に帰ってからを拝読してみると、これまで足らなかった知識が補われ、虫食い的な活動歴の…

ミッション

1985年の秋、お客様に「地元(山口県)で個展を考えている友人がいる」と紹介されて、元気よく関西へ出向いてお会いした。すると、物腰が柔らかくて紳士のような振る舞いで、丁寧にお話ししてくれたけれど、全身から発しているオーラは鋭く尖っていた。チャ…

ファンサービス

その昔、既成の定跡にとらわれず数々の独創的な指し手で、将棋界に数々の伝説を残した升田幸三。奇想天外な戦法で魅せる将棋を第一にしていた。「棋士は無くてもいい商売だ。だからプロはファンにとって、面白い将棋を指す義務がある」という言葉にそのポリ…

この頃、ふと考えてしまうのは1年後のこと。コロナ感染症が沈静化した社会はどうなっているのか?もちろん、まったくの仮定の話。言ってみれば、未来はいつも霧の中にあって、どういう風にも変化してくる。それに対して自分なりに予測を立て、何ができそうな…

現代アート

深夜のバラエティ番組で「現代アートがわからず、恥をかかないための授業」と題して、ユニークな観点から現代アートを親しみやすく解説していた。まず、現代アートとは、主に第二次世界大戦後に広まった新たな表現のこと。個人的あるいは社会的なメッセージ…

関ジャム

日曜の夜に放映された「関ジャム 完全燃SHOW」は、ミュージックビデオの特集だった。ゲストとしてYouTubeでの国内再生数でナンバー1の作品を手掛けた映像作家や違和感を与えるような個性的な配色で残像を感じる絵柄を描くアニメーション作家が、自身の作品制…

ゴッドファーザー

彫刻家 田中米吉先生は永遠の少年という言葉がよく似合う。有力者に好印象を与えるために機嫌を取ったり、売り込むために近づいたりすることはしない。そういう場面で出くわしても空気読むや計算することはない。そのかわりにいつも真剣に持論を語られた。し…

熱伝導率

1985年の晩秋、この年の第11回現代日本彫刻展で悲願の大賞を受賞した田中米吉先生のお祝い会が湯田温泉のホテル行われた。会場には県内外の美術界の重鎮をはじめ、現代美術家の殿敷侃氏、写真家の下瀬信雄氏、彫刻家の田邉武氏、超絶技巧の画家 吉村芳生氏な…

執念

1986年の夏の終わり、私は前年の現代日本彫刻展で、大賞を受賞し田中米吉先生の作品を公園内に移転する作業をお手伝いする。その作品は大きな長方形の鉄のほこが空中にぽっかり浮かびながら、風が吹くとゆらゆらと泳ぐように動き出す独創的なもの。鉄は重た…

“ドッキング” からの視線

2007年9月28日より山口県立美術館で開催された「田中米吉 “ドッキング” からの視線」は、県美開館以来初めて県内存命の美術作家を取り上げた展覧会。やはりこの記念すべき第1回目に値するのは、芸術家として多くの人たちに慕われて、創作活動の実績も十分に…

巨星墜つ!

巨星墜つ!今年の1月中旬にご家族の方から95歳で天寿全うのお知らせをいただく。しばらくの間、なんとも言えない気持ちになった。当然のことだけど、悲しいや寂しい、切ないなどの感情はこみ上げてくる。だけど、やはり最後まで作品制作をやり続けたことは素…

独創性

約5年前、その若者とは初めて出会う。パッと見た感じは普通の会社員。まだ世の中には慣れていない様子で、もじもじした態度をはみかんでいた。すると、ここに連れてきた彼女の先輩が紹介してくれる。「彼女はイラストレーターを目指して、高卒で働いて専門学…

アドバイス

実際のところ、ほとんどの人はアドバイスしなくても、自分が何をすればいいのかがわかっている。やるべきことは頭の中でハッキリと浮かんでいたりする。ただ、それに真摯に取り組もうとしないタイプの人が多い。やるべきことはわかっているのに、そのうちや…

そうせい

幕末の長州躍進を陰で支えた藩主・毛利敬親公。 18歳で家督を継いで、慢性的な財政難を克服するために、中級武士であった村田清風を抜擢し、藩政改革を断行して立て直しに成功。また、幕府からの度重なる圧力にも絶え、有能な藩士を輩出して、明治維新を成し…

期待

一人前になるためにすぐに効果が表れる手段はない。ただひたすらコツコツと努力を繰り返すしかないのだ。これからの時代にどうやったら自分らしい創作で勝負できるのか。先頭を走っている若い美術家と自分はいったい何が違っているのか。それを建設的に視点…

北斎

今週、Eテレの番組 先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)のエピソードは「葛飾北斎 ヒット作を生み出すには」。北斎は6歳で絵を描くことに夢中になり、10代で貸本屋で働くかたわらで、木版画の経験を積みながら独学で絵を勉強し、19歳で歌舞伎役者の錦絵で有名な…

ギャラリーとは

いわゆる山口県は全国屈指の高齢化率を誇っている。そのため、斬新なことには冷ややかな反応になりやすい。先端的な感覚はなかなか認めてもらえない土地柄なのだ。しかし、ガラパゴス化させてはいけない。政治のあり方、経済システム、AIによる雇用環境など…