西日

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昨年の暮れ、下関市でいくつかの用事をすませた後に、転居されたお客様宅へ車で向かう。まったく土地勘のない場所だったけど、カーナビのおかげで目的地へ案内してもらえる、しかし、気象条件が加味されていないため、想定外のスリリングなドライブが待っていた。実はこの日は暴風雪と高波の警報が発令中。小雪まじりの強風が吹き続ける荒れた天気だった。そのため、海がすぐ近い2級河川沿いを走行すると、なんと波の泡が海岸線から次々とフロントガラスの上に飛んできて見えずらくなった。幸いにもワイパーで切り抜けたけど、ふと河川の流れに目をやれば、高波で押し返されて生まれた濁流は激しく、暴風との恐怖の二重奏でこの上ない恐怖を味わうことになった。やはり、自然は人の知恵では計り知れないものだと痛感させられる。

そんな潮の匂いが濃いい海風が吹く街、下関市綾羅木で生まれ育った写真家の野村佐紀子さん。子供の頃に海に沈んでいく大きな西日を見ているうちに、「向こうの世界に旅立っていく」という不思議な印象を体感する。大卒後、写真家として精力的に活動していたある日、自分にとって海は、いつもそばにいて慣れ親しんだ近しい存在だけど、「美しいからこそ怖い」という、どこか遠くて得体の知れない存在であることにも気が付いた。「一番美しいものが、一番哀しい」という裏腹の矛盾するものに独自性を感じるようになったという。このたびの展覧会では、薄暗いモノクロ写真でこの世はすべて諸行無常であって、明日を考えれば切なくなることへの正直さを赤裸々に表現しているのだろう。響灘は暖流と寒流がぶつかり合うだけに、あの世とこの世が混在する空気を肌で感じ、それを伝えようとカメラを手にしているように思えた。