一瞬一生

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「武蔵、巌流島の舟島での決闘は作画の呼吸の深奥を極めているものと、いつも思っている。(略)今日描いている仕事が絶筆と言うものになるかも知れぬ、なるであろうと念じおれば、我とてあの心境になれるのではないかと思いもするが。私は、決闘に勝った武蔵の行動に移るまでの心の準備のありようが好きだ。

一瞬に一生を圧縮した行動。一生を一瞬と見極めた心。何も決闘だけに必要な心境ではあるまい、人間誰しも追い詰められれば否応なく覚悟しなくてはならぬことと思う。私は勝敗が決まったその場からの武蔵の引き揚げ方に、何とも言えぬ美しさ、呼吸を感ずる。絵の仕事もああでなくてはならぬと思う」というのは香月泰男先生の言葉である。

ちなみに、あのシベリアシリーズは、下絵の段階で充分に研究しつくされ、明確なイメージにしたがって、あまり時間をかけずに描いていた。用意周到にして一気に勝負に出た武蔵のように、ペインティングナイフを使った技法で、キャンバスに一気に表現していったのだ。「絵というのは時間をかけたら、いい絵ができるというものではない。とにかく短時間に一瞬のあいだに勝負する。そういう気持ちで描かないといいものはできん」とも言われ、一瞬一生の境地はこうやって悟っていかれたのだろう。