残暑

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中原中也の「残暑」。「畳の上に、寝ころぼう、蝿はブンブン 唸ってる、畳ももはや 黄色くなったと、今朝がた 誰かが云っていたっけ」で始まる詩だ。私は初めてこの詩に触れた時、思わず手をポンと叩いて、共感したことをよく覚えている。なぜなら、この続きの「それはそれやこれやと とりとめもなく 僕の頭に 記憶は浮かび 浮かぶがままに 浮かべているうち いつしか 僕は眠っていたのだ」という文面は、10代の頃に同じようなことをよくやっていたからだ。当時、畳の上で寝そべりなら天井を見つめ、あれこれと夢想しているうちに、いつの間にか夢の世界に入っていった。もちろん、季節も同じ夏の終わりが多くて、扇風機はなくてもそこそこ涼しいから、しあわせな気分でゴロゴロしていたのだ。

そして、本当に起きたのは夕方近くになった頃だった。「覚めたのは夕方ちかく まだかなかなは 啼いてたけれど 樹々の梢は 陽を受けてたけど、僕は庭木に 打水やった」なんて、マイルドな言葉は思いつかなかったけど、寝ぼけまなこで見る夕日はやはり眩しかった。「打水が、樹々の下枝の葉のさきに 光っているのをいつまでも、僕は見ていた」という、去り行く夏に思いを寄せていたのも、勝手に近いのではないかと思ったのだ。

つまり、心をワクワクさせるものとは、在り来たりな日常の中にたくさんある。何か無理矢理に新しいものを発見するのではない。どこにでもあるもの、ずっと前から知られているもの、誰でも知っているのに見逃されていたもの中に、新鮮に感じる面を見つけていこう。好奇心のスイッチオンにして、エンジンを動き出させていく。若い時は単純だから自然にできたのだろう。素直に見つめることで見えてくる世界がある。毎年、残暑を感じる頃にこのことを思い出すのだが、今年は残暑どころじゃないからセンチメンタルになれない。秋風が恋しい日々が続いている。