夢とうつつ

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「僕の作品には『現実にありそうで、ないもの』と『現実になさそうで、あるもの』が半分ずつくらいの割合で出てきます。環境に合わせて変化を繰り返した鎧兜の本質は『柔軟さ』であり、それは好奇心という培養液の中でも育むことができるのではないか、という想いがあったからです。でも、『ありそうで、ないもの』は両刃の剣です。ありもしない虚構の世界は楽しいのですが、大切なのはその中にリアルな人間や文明の気配がちゃんと感じられることです。同じ嘘なら、真実の嘘を語るべきです。その時には、『楽しさ』に寄り添う『悲しさ』や『怒り』といったスパイシーな感情を忘れるべきではありません」という美術家 野口哲哉氏の言葉がある。

ただいま県立美術館で開催中の「野口哲哉展」。館内に並ぶ鎧武者などの作品はパッと見た感じは古びえているが、実際は今現在にある樹脂やアクリルなどの素材で作られたもの。だけど、生々しくおどろおどろしい本物とは違い、フィギュアによって表現された世界観は、現実とも嘘ともつかない不思議な魅力にあふれている。私が訪れた日もそれらを来場者たちが興味津々に見入って、本物の美術作品が醸し出すムードに酔わされながら、戦国時代にタイムスリップしたような気分を楽しんでいた。その様はまるで美術館という舞台の上で、想像力を使って侍を演じるようなもの。それぞれの鑑賞者のアドリブが粋で、みんな思い思いに素敵な演技をしていた。そういう視点で考えれば、野口さんは名プロデューサー。私たち一人ひとりを人生の主人公にしてくれる。