ワンチャンス

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約20年前、子供たちを被写体に半世紀以上も活動しているベテランのアマチュア写真家とお会いした。この方の作品はすべて手動のフィルムカメラで撮影されたもの。ポーズをとらない自然体そのままで、元気いっぱいに動き回っている姿に、観る人は思わず微笑んでしまうほど、明るい雰囲気に包まれたものだった。私はこの写真はどうやって写すのですか?と、ど真ん中ストレートに質問したところ、「子供たちを見ていると、この子は笑うだろうや喜ぶだろうと感じたらピントを合わせて、あとはその時を待っていればいい。必ず一番感情が高ぶった瞬間がやってくる。チャンスを逃さないように集中することが大切だ。それからもう一つ、いつも写し終わった後に撮影内容を振り返って反省する。限られた枚数しか写せないので、1枚1枚に神経を尖らせないと甘くなる」と語っていただいた。

昨日の夕方、吉田朱里さんと美術談義の最中にこの会話を思い出す。それは彼女が幼い頃、写真が趣味の父親にねだって、時々カメラを持たせてもらって、数枚くらい写真を撮っていた。しかし、当時はデジカメではなくフイルムの時代。専門店で現像しなくてはならないので、軽々しく写すことができなかった。遊びとはいえ、真剣さが求められる。そんな中、彼女は1枚の写真を撮影するために考えに考え抜いてシャッターを切っていた。どうすればいいのかに知恵を絞って、最善のものになるように努力していた。これで撮影技術が向上したかどうかはわからないが、少なくても空間を切り取る技術は上達した。後々に大いに役立つ作品を構成するセンスが磨かれていく。こうやって、彼女の創作人生はスタートしていった。その後の出来事も考慮すれば、まるでわらしべ長者のようにチャンスを逃さない。本当に見えざる手に守られているのだろう。