人心一新

いわゆる地方でイラストレーターとして活動する人は、ある程度のレベルまで達することができれば、それなりに目立つようになり、あっという間にローカルスターの地位を築き、メディアなどに取り上げてもらえるだろう。しかし、それはひと昔前のお話し。ここ数年、コロナ渦の影響でリモートを通じてのコミュニケーションが進み、その影響でこれまで以上に大都市の仕事が地方のイラストレーターに依頼されることが増えてきた。もちろん、超ビッグなクラスは今も昔も別格なままだけど、それ以外のクラスは混沌としている。正しく戦国時代と言う表現がこれほどフィットすることはない。それくらい横一線でやりがいのある生き馬の目をむく、激動の時代に地方のイラストレーターは生きているのだ。

つまり、地方のイラストレーターは、そんな極限の状態を生きている。実力さえあればシンデレラになれるのだ。言いかえれば、力がないものが地方だからできないなんて戯言でしかなくなった。なんらかのコネクションで有力者と繋がって、如何にもやっているような破廉恥な連中はもう通用することない。いくらかさ上げしたところで、情報の流通が円滑なネット社会では、すぐに本性がばれてボロが発覚してしまう。もう、見えやハッタリは全く通用しない時代になったのだ。

だからこそ、本物と言える人にとっては追い風になってきた。地方の裸の王様があらゆる手をつくして出る杭を打とうしても、新しい価値観の世界では無力であって、その威厳を発揮しようとも基本的なルールが違うから空振りの連続になるだけ。オリンピックにスケボーやスノボーが種目になったように、過去になかった表現手段が次々に台頭しているのだから、わかっているなんて錯覚だと早く自覚した方がいい。まだ、わからないことがあるから面白いと考えた方が大人の対応だ。そもそもアートの表現に完成することはないという事実を踏まえるべきである。イラストレーターのりおた君。時代の寵児という言葉がよく似合う。山口にいながら日本列島はもとより、その仕事は世界へ広がっていく。維新って、こういう奴のためにある。松陰先生も喜んでいるはずだ。このまま革命児であれ!誰にもわからない明日に新しい表現で興奮させてくれ!