ダダイスト

詩人 中原中也は詩作に入る前の中学生の時に詠んでいた短歌に「芸術を遊びごとだと思ってる その心こそあわれなりけれ」がある。この短歌について中也記念館の解説文によると、第3句《思ってる》を他人とするか、自分とするかで、第5句《あはれなりけれ》の意味が変わってくると書かれてあった。

なるほど!中也は幼少の頃から神童とも呼ばれ、中学時代は地元新聞の歌壇へ投稿して、少年とは思えぬ情緒豊かな作品で評価された。とは言うものの、キャリアのある大人たちに、上から物を言われて、カチンとしていたはず。いわゆる中二病の時期であり、血気盛んな時代だから、思いっきり反発する姿が目に浮かぶ。

後に中也は自らをダダイストと言い、伝統的な価値観を壊して新しい芸術を目指した。だから、この《思ってる》は自分のことではない。権威主義で保守的な人が多い山口では、僕のような天才の良さは理解してもらえない。そんな意味合いを込めて詠んだのだろう。他人に素晴らしさを知ってもらうには、個性で挑発しなければならないからだ。