飄々

身の回りの生き物たちを明るい色彩で描き続けた画家 熊谷守一。その晩年に「私の絵が長い間にずいぶん変わってきているので、どうしてそんなに画風が変わったのか、とよく聞かれる。しかしこれには、若いころと年とってからでは、ものの考え方や見方が変わるので、絵も変わったとしか答えられない。自然と変わったのです」という言葉がある。

いわゆる高度なテクニックを持った画家は、被写体の細部の描写までキッチリと描き切り、臨場感溢れる表現力で迫力のある世界を創り出す。しかし、年齢を重ねるたびに老化が進行するため、だんだん描く力が劣れていって、自然と作品のクオリティーが下がっていく。人それぞれ成熟期の年齢は違うけれど、いずれにしてもどこかの時点からは、下降線を辿っていく運命にあるのだ。

つまり、永遠に高度なテクニックを待ち続ける画家なんて存在しない。本人的には変わらないで同じつもりでも、客観的に見比べれば、明らかに色濃度や明暗の調子が悪くなっている。だからこそ、老化を武器に飄々と描ける画家は素晴らしい。年齢を重ねることをアドバンテージにして、不自由さを淡いエッセンスとして活かし、味わい深い世界をまろやかに楽しませていく。熊谷守一は長年こだわった赤い線で輪郭線を描き、その線を塗り残す「モリカズ様式」を75歳の時に確立させ、97歳で天寿を全うするまで描き続ける。あるがままに当たり前に生きたのだろう。