情けは人の為ならず

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11年前、縁あって若い学生の前でお話しをする機会をいただく。たった1日しかないけれど、とてもやりがいがあるのでお受けすることにした。自分がこれまで美術と関わってきた歴史が試される時。素直に若者たちの前ですべてをさらしてみようと思った。こういう機会に新しいプレッシャーへ向かわなければ、「これくらいは簡単なこと」と安易に現状の自分に甘えてしまい、自分自身を鍛えていくことができなくなる。どんなに上手くやっているふりをしても、だんだん辻褄が合わなくなってくるから、いずれ化けの皮が剝がれていくもの。その日は経験値が低い相手をごまかすことができても、彼らが年月が経って成長してくれば、そこで嘘を言ったのは一目瞭然にわかること。とにかく講義の日まで勉強して臨もうと腹をくくった。

そう、私が本を毎日読む習慣はここから始まる。背伸びせずに興味のあるものばかりを読み漁った。それまでは年に数冊しか本を読んでいないのだから、むやみに飛ばしたら息切れをするだけ。ゆっくりとぼちぼちやったらいい。自分に語り掛けては肩の力を抜いていった。いまさら焦って頑張っても、いきなり賢くなることはないと、開き直ったことが幸いする。そして、一番伝えなくてはならないことに不思議なくらい早く気付けた。先人たちの素晴らしい功績よりも、数多く残された偉大な言葉よりも、この世界の夢を語ることが正しいのだ。自分がワクワクする話をしたら、聴く人たちもワクワクするはず。大いに美術の夢を語ろう。実に単純なことをやろうと決意していった。

つまり、このオファーは無我夢中で走り続けていた私に、立ち止まって考えることを与えてくれた。これまでインプットしていたことの中で、曖昧になっていたことや忘れていたことを浮き彫りにし、やるべき課題をハッキリとさせてくれた。やはり世の中の報いは巡り巡って、やがて自分にもどってくる。チャンスとは自分を成長させて、引いては人のためになるのだと思っている。